一人が米寿を迎えるにあたり公開 ―

高田芳矩

1.ガスクロマトグラフ
 ガスクロマトグラフィ-の対象は全成分の約20%と現在と殆ど変わらない。しかし、分離カラムはその80%がキャピラリ-カラムに変わる。キャピラリ-の長さは10-100mのものが主に使用されるが、1m以下のカラムは超高速分離に用いられる。
 シリコンウエハ-に半導体製造技術を駆使して溝を作り、これを分離カラムとし、更に試料注入部と検出部とを設けたワンチップGCが極めて安価に入手できるようになり、家庭においては食品の鮮度モニタ-やガス漏れ検知、更には呼気分析などに因る健康管理にまで使用されるようになる。ボンベは使用せず、その代りに水の電気分解により発生するガスがキャリア-ガスとして使用され、水素吸蔵金属が温度コントロ-ルされることによって流量制御される。デ-タ処理及び表示まで含めて手の平に載る大きさになり、他成分同時センサ-としてその用途は広いものとなろう。

 多くの成分の誘導体化反応まで組み込まれたGCはル-チン分析に便利に使用され、ユ-ザ-は前処理の煩雑な操作から救われることになる。

 液体クロマトグラフィ-の検出器としても、熱分解装置を組み込んだGCが用いられ、GC/MSやLC/MSとともにLC/GC、LC/GC/MSが各種法規制された成分の分析に利用されよう。
 GC/MSに用いられる質量分析計は100万円のオ-ダ-にまで著しく安価にされた小形の新方式のMS(KirchhoffとBunsenが1859-1860年にAEとAAspectrumを元素の同定や検出に使用してからおよそ100年後に原子吸収が、あるいは1834年にその原理が発表された電量分析はやはり100年後に装置化されているように、新原理の安価なMSはその技術を100年位前まで遡るとそこにヒントがあるかもしれない)と、より分解能の高いMS2やQ3へと2極分化され、前者はル-チン分析に、後者は研究開発用に利用される。

 デ-タ処理及び装置の制御は1台のクロマトマネジャ-で数~十数台のGCが管理され、得られたデ-タ-はネットワ-クを通じてメインコンピュ-タにストアされ、目的に応じて他の分析結果と一緒に整理されレポ-トされる。
 ル-チン分析では試料採取は人手を介さずオンラインで行なわれ、また、研究用にもサンプルインジェクタは不可欠である。流量制御は外部コントロ-ルされ、カラム交換もワンタッチでできる。

2.液体クロマトグラフ
 液体クロマトグラフはその普及が進み、買い替え需要期に入っている。従って、よりスペ-スを占めない小形のもの、故障がなく信頼性の高いもの、使い勝手のよいものが選択される。特にプロセス産業におけるオンライン或いはインラインモニタ-としての用途も広がる。
 研究開発用には汎用検出器の高感度化と成分の構造決定のできる高分解能質量分析計の付いたLC/MSの要求が益々強くなる。一方、ル-チン分析用には選択的検出器、特に、安価なMSの要求が強くなろう。MSの価格が100~200万円程になれば、分解能は100程度でもよく、LC/MSによる3次元クロマトグラムが広く用いられるようになろう。

 マルチカラムクロマトグラフィ-による多次元分析は特定成分の高速分析、高純度分取、精密分析に威力を発揮し、一方、選択的検出器を並べたマルチディテクタ、免疫検出器、生物活性モニタなど新規に開発され、バイオメディカル分野へ益々用途が拡大される。
 反面、有機溶剤などの廃液は嫌われ、装置のミクロ化が進むが、液体クロマトグラフィ-のみでは分離が不十分な成分の分析にはキャピラリ-電気泳動法が適用され、ミクロ液クロはキャピラリ-電気泳動法の単なる前処理装置として利用されるにすぎないかも知れない。
 制御がすべてコンピュ-タによるようになると、現状の送液方式はコンピュ-タコントロ-ルに適した方式へと替わる。ワンストロ-クポンプが見直され、分析手順を予めプログラムすると、それに必要な溶離液がシリンジ内に吸入されワンストロ-クで1回の分析操作が終了する。検出器や流路の安定化のために補助ポンプを用いるなど工夫がなされている。

 バイオHPLCはDNAやペプチド、蛋白質などの産生物の精製と分析および純度測定(商品のQC)が主な用途であるが、培養プロセスのモニタ、購入品原料や培地の管理、遺伝子解析、DNAやRNAの調製、目的蛋白質のアミノ酸配列決定、発現蛋白質の同定などに利用されている。これは分析試料量の微量化と、大量分取のための大容量化の方向へと一層進む。しかし、負荷量がkgレベル、すなわちカラム径が30cmを越えるようなプロセススケ-ルの精製装置の新設件数は国内で数~十数件/年とそれほど多くなく、通常スケ-ルのHPLCも貴重な医薬品の分離精製に多く使用される。とくに、無細胞翻訳(合成)系リアクタ-の管理に重要な役割を果たす。これらのハ-ドとしてはイナ-トシステムが主であり、特に生物活性など分離操作中に失活することのないよう注意が払われる。
 バイオHPLCの検出器として活性モニタ-が各種開発される。基質をカラム出口に注入して酵素活性を測定するもの、抗体やレセプタ-を固定したミニカラム中にカラム流出液を通過させそれらへの活性を求めるもの、細胞に対する活性を放出されるカルシウムイオンを測定して求めるものなど、成分の同定、分離精製条件の最適化、プロセスの評価等に活用される。

 医用LCは、汎用LCを熟練者が使用して測定していた項目が、専用機として開発され熟練者でなくとも使える装置となることで著しく普及するものがふえる。グリコヘモグロビンに続いてカテコ-ルアミンが高血圧症、褐色細胞腫、神経芽細胞腫などの交感神経機能および副腎髄質機能を知る目的に開発されているが、これが各種精神病やメンタルヘルスの診断に使用されるようになり、広く普及する。
 誤診や誤った治療で訴えられ、医師が敗訴することが益々増えてくると、できるだけ多くの項目を測定して見落としの無いように努める。産婦人科や泌尿器科ではステロイドホルモンの3分画や5分画が、特に妊婦に対しては全て測定されるようになる。ドラグモニタリングも医薬の適正投与に不可欠となろう。血中の麻薬の濃度は外国人労働者を採用するときにも計られ、小型の、救急車にも載せられるようなタイプの、HPLCを測定原理とする装置が登場するようになるかも知れない。プロスタグランジン、血中ビタミン濃度、各種ホルモン類等はさらに検出器の高感度化を必要とする。

 イオンクロマトグラフィ-は1992年に分析法通則がJISとして制定されたのを機会に各種用水、超純水、大気汚染成分等の分析法JISに次々と取り入れられ、一方、酸性雨のモニタリング、水道水分析など、イオンクロマトを適用できる成分については従来の容量分析や吸光光度法がこれに取って変わられる。装置は目的に応じて専用機化され、コンパクト化される。とくに、超純水のモニタ用には溶離液の純度が問題になるので装置内で溶離液が調製される。

 アミノ酸分析計は陽イオン交換樹脂を用いる現状のポストカラム反応分析法はそのままル-チンの分析に採用されているが分析時間は蛋白質加水分解アミノ酸で20分、生体液アミノ酸で60分である。検出感度及び定量精度はニンヒドリン法でそれぞれ5pmol及びCV0.5%、蛍光法ではそれぞれ0.1pmol及びCV1.5%である。デ-タ処理技術がさらに進み各顧客ごとに自由なフォ-マットでのレポ-ト作成が容易である。一方、プレカラム反応法では試料の微量化、高感度化及び高速分析が益々進んでアミノ酸の配列決定がさらに微量の試料でできるようになる。

 新しい液体クロマトグラフィ-としては、透明なカラムハ-ドとカラム充填剤(光学的検出器を用いる場合)とカラム側面に並べられたマルチデテクタ-(ディテクタ-つきカラム)からなる分析装置がある。最初に溶出する成分がカラム出口付近に達する時間で分析が終了するので極めて短時間分析が可能である。ステップワイズやグラジエント溶離の場合はやや複雑ではあるが、いずれにせよ全成分が溶出するまで待たなくとも分析が完了し、逆洗して初期状態に戻る。

 液体クロマトグラフから駆動部をなくすことができれば装置の小型化と信頼性の向上に極めて有効である。ガス圧利用のポンプはモ-タ-をなくし、脈流の極めて少ない送液を可能にするので、もう一度見直すべき技術であるといえよう。ガスボンベの替わりに電解セルを用い、比較的小さなガスだめを置き、その中の圧力をモニタ-して電解電流をコントロ-ルすることによりガス圧一定に保つ。このガス圧で駆動するシリンジ形ワンストロ-クポンプとバルブの開閉により送液と停止および溶離液の吸入を制御する。もう一組の電解セルとガスだめは容易に圧力を変えられるようにしておいて、先のガスとの差圧で流量を制御する。水素ガスで加圧する場合はこれによる脱気効果も期待出来るので溶離液を直接加圧して送液することが出来る。これはセミミクロまたはミクロ液クロに有効な送液法になろう。電気浸透流を利用する送液法も利用可能である。この場合は用いるイオン交換膜の耐圧と膜の支持法が鍵となる。

 水晶発振子に吸着剤を塗布しておいてそこにカラム溶出液中の目的物質を吸着させ、質量の変化を振動数の変化として検出する質量検出器は、例えば吸着剤として抗体を用いれば抗原が検出できるなど選択性の高い検出器として用いられるようになる。

 透過型電子顕微鏡やトンネル顕微鏡は液体クロマト側から見ると分子1個が検出できる極めて高感度な検出器であると言える。一方、顕微鏡側から見るとクロマトは目的物質を分離精製できる良好な前処理装置である。従ってこれらを直結したLC-EMは極めて高感度な分析計として有用である。特にアミノ酸やDNAの配列が直接測定できるようになるとバイオの研究は一層急速に進歩することになろう。ミクロ液クロまたはキャピラリ-電気泳動が分離手段として用いられることになるが、EMとのインタ-フェイスがキ-となる。

3.電気泳動装置
 キャピラリ-電気泳動は試料導入方法と検出法に技術革新があり、商品のQC用等ル-チン分析に広く用いられる。特に医用への応用により飛躍的に発展する。マルチキャピラリ-によりスル-プットは著しく向上し、ゲルキャピラリ-も市販され、高分離能も容易にえられる。
 ゲルキャピラリ-電気泳動装置をベ-スとするDNAシケンサ-はヒトゲノム解析の最も有力な武器となろう。
 もともと電気泳動装置は電荷を持った物質の分離に有効な手段ではあるが、中性物質についても界面活性剤やシクロデキストリンばかりではなく、各種の電荷を持ったリガンドが泳動媒体中に添加され良好に分離されるようになる。従って、その適用範囲はHPLCの50%以上に達し、しかも、HPLCには適応できない細胞やコロイド等の粒子状物質の分離まで行えるというメリットがある。
 検出器の液クロ並みの高感度化と多様化がその応用範囲拡大の鍵であるが、小型で安価な半導体レ-ザ-の開発とそれを利用する吸光検出器、蛍光検出器、屈折率計、キャピラリ-チュ-ブ内に組み込まれた電気化学検出器やイオン選択性電極、電導度モニタ等、マイクロマシ-ニング技術の応用により可能になろう。
 キャピラリ-電気泳動装置ではユ-ザ-に高電圧に対する不安を感じさせないことと使い易さがそのポイントであるが、カラムのカセット化によるワンタッチ交換もその一つとなろう。とくに臨床検査用には性能の揃った多数本のマルチキャピラリ-カセットが重要である。

 無担体電気泳動法にはバッチ法と連続法があるが、ともに分析法としてよりは分画分取法としての用途に適する。従って、同じサイズの装置では連続法の方が処理能力が高くこれが多用されよう。アリゾナ大方式、Hannig方式及びSepTech方式が優れるが、特にSepTech方式は大容量化を可能にする。また、Hannig方式は無重力下でその性能が著しく向上する。一度分離された分画分に目的成分と選択的に反応する抗体などを加え再度電気泳動で連続的に分離する方法がアフィニティ-電気泳動法として高純度に精製する方法として用いられる。

 スラブゲルを用いる電気泳動はゲルのサイズにより400~600もの成分を一度に分離するものから、迅速分離用まで各種のものが広く使用される。分析の目的にはキャピラリ-電気泳動装置が普及するに従ってそれに置き換えられるが、多少手間暇がかかっても安価に、多検体同時に、しかも極めて的確に分析できるのはスラブゲル電気泳動法の最大の利点である。即ち、キャピラリ-電気泳動装置がスラブゲル電気泳動装置並に安価になり、その上マルチキャピラリ-方式で多検体同時分析が出来るようになれば著しい普及を見ることになる。

 2次元電気泳動法は蛋白質やペプチドの分離分析法として極めて有効な方法であるが、分析のコスト、時間及び煩雑さの点で他の分析法と同等以上に有利になれば広く普及することになる。すなわち、ユ-ザ-がオ-トサンプラ-上に試料を並べるだけで短時間内に泳動パタ-ンが自動的に得られる装置が必要である。もちろん泳動媒体のスラブゲルあるいは電気泳動フィルムはメ-カ-から供給されねばならない。

 カラム電気泳動法は分取と分析の双方の目的に使用されるが、LCと同様の感覚でより高純度な分取精製に用いうるのでPCRのための遺伝子の精製、産生物の活性測定や同定のためなどの比較的微量の成分の精製に有利である。

4.その他の分離分析法
 薄層クロマト及びペ-パ-クロマトはすでに公定法に定められている対象以外にはあまり適用されなくなろう。

 縦軸がクロマト、横軸が電気泳動の2次元分離分析法は古くはペ-パ-クロマトに適用されたが、見直されてクロ-ズド系に適用されるかもしれない。

 FFFやCCCは高分子量の蛋白質や細胞などの粒子状物質まで分離できるので、極めて有望な、新しい分離分析法として発展すると考えられ装置が上市されて久しい。しかし、血球の測定には血球カウンタ-や血液像自動分類装置、あるいは細胞の分離にはエルトリエ-タ-があるなど、各々の応用分野に既に専用装置が存在する場合が多く、新規な応用分野を開拓しないかぎり今後ともに爆発的に普及するとは考えられない。

 SFC/SFEはキャリア-として超臨界CO2のみでは用途が限られるが、NH3やSO2とは異なり悪臭も毒性もない媒体が開発され分離分析や分取精製に広く使用される。

以上

本原稿は、20世紀末に、那珂工場とその関係者が集まり、21世紀の分析機器を予見したシナリオの「分離分析」の部である。タイトルのみ改め、その他一切の変更もせずに転載した。鴈野重威大兄が米寿となった記念にこれを世に公開し、日立のPRと学会の研究開発に貢献できれば幸甚である。

2018.7.20

執筆者プロフィール

高田芳矩 (TAKATA YOSHINORI)
yntakata@kyf.biglobe.ne.jp
東京大学大学院 工学系研究科 博士課程修了(工業分析化学)工学博士
高田技術士事務所(技術士(応用理学部門))
日本分析化学会 永年会員、関東支部参与
現在の研究テーマ:分析の信頼性
趣味:古銭収集

脚注:本稿はLC懇45周年記念誌に投稿する目的で執筆されたが、投稿し忘れたとの事で、記念式典・講演会・祝賀会(2019年12月3日、味の素・川崎事業所)当日に戴いたものである(LC懇委員長 中村 洋)。