第5作『液クロ武の巻』を世に送る
この数年,学会活動は10月から11月の2ヶ月が勝負である.一つ目は,夏に合宿して 査読した「虎の巻」シリーズのゲラが上がってくるので,校正しながら,索引を選ぶ作 業であり,11月半ばまでに序文執筆を含めて終わらせなければならない.二つ目は,12 月上旬に開催するLC-DAYs(液体クロマトグラフィー研修会)の参加者を募集・集計 する傍ら,講師陣から要旨を提出してもらい,要旨集作成に必要な原稿を作成して11月 半ばに印刷に回すことである.三つ目は,年明けの2月上旬に開催するLC テクノプラ ザ用の演題を集めてプログラムを編成し,11月20日頃までに学協会誌の1号に会告掲 載を依頼する作業である.この三つを同時進行の形で,11月中旬を目処に纏める必要が あるので,まさに自転車操業どころか,一輪車で綱渡りをしている状況である.今年も, この三重苦の中で,『1年に1冊ずつ「液クロ虎の巻」シリーズを刊行しよう!』という, 液体クロマトグラフィー研究懇談会運営委員会の目標に沿って,何とか序文を書く段階 に漕ぎ着けた.
本書「液クロ武の巻」はシリーズ5冊目である.Q(質問)部分の出題力旺盛な運営委 員諸氏も流石に筆の運びが遅くなった嫌いはあるものの,夏前には110問を超える問題 数が集まった.早速,A(回答)部分の執筆者を決定し,原稿の作成をお願いした.恒例 となった1泊2日の原稿査読会は辛い作業ではあるが,運営委員の研鑽と相互の親睦を 兼ねた楽しい時間でもある.今年は(株)島津製作所の三上博久委員のお世話で,8月22 日の13時に熱海湾を見下ろすホテル(水葉亭)に20名弱の運営委員が集合し,査読作 業を行った.例によって,「前処理」,「分離」,「検出・解析」,「LC/MS」の4グループ に分かれ,グループごとに原稿に朱筆を加える作業を17時まで行った.目も霞んできた 頃,近隣の(株)島津製作所の熱海荘に移動し,海の幸に舌鼓を打ち,食後は1部屋に 集まって液クロ談義に花を咲かせた.翌朝は,再びホテルに戻って9時から作業を再開 し,前半はグループ内での査読意見の集約,後半はグループ間に跨る問題点を全体討議 で解決する作業を終え,昼食後に目出度く解散となった.その場で修正できない幾つか のQ&A については,持ち帰ってもらい,速やかな提出をお願いした.
このような作業を通して本書の骨子が出来上がってきたが,この段階では書名が未だ 決まっておらず,「液クロ●の巻」であった.●の部分に何を入れるかについては運営委 員会で幾つか提案があった.例えば,前4作が書名に虎,龍,彪,犬と動物を入れてい たことを踏襲する考えからは,獅子,猫,馬,鹿,豚(冗談),鶴,亀,鷲,鷹,等々の 提案があった.これまで,本シリーズの書名に使用した4種類の動物は,周の太公望の 撰と称する兵法書『六韜(リクトウ)』にある文韜・武韜・竜韜・虎韜・豹韜・犬韜の6 巻に因んだものであった.ところが,この6巻にはもう書名に使うべき動物が残ってい ないので,六韜に拘らず自由に動物を選ぶか,それとも六韜路線を継続するかの選択に 迫られた.結局は,後者を選ぶことになった.これは,動物名を継続すると「虎の巻」 シリーズが際限なく続く可能性が生まれ,そろそろネタ切れに近いと悲鳴をあげている 運営委員が少なくないことにも配慮してのことである.そう決断すると,「文の巻」,「武 の巻」の何れにするかであるが,今年の世相を考え「液クロ武の巻」に決定した.
今年,多くの国民が驚き,かつ楽しんだのが,所謂小泉劇場の出し物であった.小泉 内閣が提出した郵政民営化法案に対して,派閥の領袖も含めて相当数の自民党国会議員 が反対ないし棄権し,参議院では政府案が否決される前代未聞の事態が生まれた.小泉 首相は直ちに伝家の宝刀を抜き,衆議院を解散した.この辺りから国民の耳目は毎日テ レビと新聞の政治ショーに釘付けになった.小選挙区から立候補する造反組の候補者に 自民党の公認を与えないばかりか,殆ど全ての造反組候補者に刺客を送った.東京10区 の小林興起前議員には小池百合子前環境大臣,静岡7区の城内実前議員には大蔵官僚 出身の片山さつき氏,岐阜1区の野田聖子前議員にはエコノミストの佐藤ゆかり氏な ど,「くの一刺客」を立てて話題をさらった.これらマドンナ候補に加えて,広島6区の 亀井静香氏にはホリエモン(無所属)を差し向けるなど,刺客戦略は厳しさを極めた. 追い詰められた造反組は,起死回生の策として国民新党(代表:元衆議院議長綿貫民輔 氏),新党日本(代表:田中康夫長野県知事),新党大地(鈴木宗男氏)などの新党を混 乱の中に旗揚げした.虚虚実実の激変を目の当たりにして,国民はあたかも戦国時代に 身を置いているような感覚に陥り,毎日次の展開を期待して待つようになった.やがて, 小泉首相の強い意志と偉大なるイエスマン,武部勤幹事長のラインで選挙戦を戦った 自民党が三分の二の安定多数を確保して圧勝し,造反組と民主党が惨敗する結果に終っ た.その結果,猪口邦子上智大学教授や井脇ノブ子氏など,比例ブロックから多数の当 選者が生まれた.結局,「小泉チルドレン」と後に呼ばれることになった80数名の新人 議員が自民党に生まれ,『料亭に行きたい』発言で幹事長からお叱りを受けた杉本太蔵君 ii 序 も一躍マスコミの人気者になった.長らく国民を楽しませた小泉劇場も,造反組の野呂 田芳成議員の除名と平沼赳夫議員,堀内光雄議員,涙の野田聖子議員を含む26名への離 党勧告で一段落したかに見えた.しかし,第三次小泉内閣が成立した現在,一見世の中 は静かになったかに思えるが,小泉首相は「麻垣康三」(麻生太郎,谷垣禎一,福田康夫, 安倍晋三)ないしは「麻垣平三」(麻生太郎,谷垣禎一,竹中平蔵,安倍晋三)と称され る次世代にポスト小泉をちらつかせながら改革を競わせている.小泉首相は郵政法案に 対する自民党議員の造反は倒閣運動とみなして厳しく処断したが,所詮権力争いに過ぎ ない.今年繰り広げられた騒動を見て,ある種の寂寥感に襲われる.そこには敗者の涙 と思いは埋もれるしかない.勝利のみが正義であり,「勝てば官軍」,「弱肉強食」の世界 である.
ところで,小泉首相はかねがね『改革なくして前進なし』,『郵政民営化法案が国会を 通るのは奇跡だ』と言っていたが,これを実現した.小泉首相は自らを変人と言って憚 らない現代の改革児であり,織田信長とイメージが重なる.因みに,小泉首相の最近の 愛読書は「信長の棺」(加藤廣著,日本経済新聞社)であるという.確かに,自民党の 岐阜県連が野田聖子議員を公認候補に対抗して支持する中,いち早く佐藤ゆかり公認候 補の応援に回った松田岩夫参議院議員を選挙後に閣僚に登用するなど,手柄を立てた者 に褒美をやり,反対した者を厳しく処罰する勧善懲悪を旗幟鮮明に打ち出すところは, この本の主人公と共通している.政治的動乱とも言うべきこの一年を振り返ったとき, 監修者の独断ではあるが,今年を最も的確に表す漢字は「武」であるように思う.そこ で,「武」のイメージを織田信長に重ね,本書の顔というべき表紙のイラストをお願いし た.信長が現代の飽食時代に生きていたら,きっとこんな風かなというタッチで,やや 太目ではあるが凛凛しい姿に仕上げて戴いた.
さて,いよいよ本書の中味についてである.内容的には前4作とほぼ同じ構成で,「1 章HPLC の基礎と分離」,「2章検出・解析」,「3章試料の前処理」,「4章LC/ MS」の4章仕立てで纏めた.末尾に資料編として,関連機器メーカーの最新情報を掲載 したことも前3作と同様である.このシリーズもこれで5冊目であり,徐々にではある が確実にLC/MS に関するQ& A が増加していることが実感される.これは,液クロ の検出器としてMS が普及してきたことを反映している.言わずもがなであるが,高速 液体クロマトグラフィーが創始された頃から暫らくの間は吸光度検出器,示差屈折率検 出器などの感度が低い検出器を使うしかなかった.その後,蛍光検出器,電気化学検出 器,化学発光検出器などの高選択的・高感度検出器が次第に普及してきたが,矢張り究 序iii 極の検出器はMS である.昔は高嶺の花であったMS が,大手以外の一般の事業所にも 漸く手の届く価格になってきたのは,実務者の作業効率が著しく向上することに加えて 分析の信頼性を高める観点からも喜ばしい.
本書の内容には誤りがないよう,細心の注意を払ったが,時間的な制約から見落とし がないとは言えない.正すべき箇所があればご指摘願いたい.幸いなことに,本「虎の 巻」シリーズは何れも世の中に広く受け入れられている.運営委員一同,大変嬉しく, また誇らしい限りである.本書「液クロ武の巻」が前4作同様,現場で役立つ手引書と して末永く利用されることを願って止まない.
最後に,本書の出版にご協力戴いた筑波出版会の花山亘社長,悠朋舎(製作担当) の飯田努社長,ならびに関係各位の労苦に感謝の意を表する.
平成17年11月
液体クロマトグラフィー研究懇談会委員長
中村 洋
執筆者一覧
池ヶ谷 智博
石井 直恵
石倉 正之
井上 剛史
大河原 正光
大竹 明
大津 善明
岡橋 美貴子
沓名 裕
黒木 祥文
工藤 忍
小池 茂行
紺世 智徳
澤田 順
澤田 豊
坂本 美穂
佐々木 俊哉
佐々木 久郎
佐々木 秀輝
住吉 孝一
清 晴世
高橋 豊
瀧内 邦雄
長江 徳和
中村 立二
中村 洋(監修)
西岡 亮太
二村 典行
古野 正浩
坊之下 雅夫
星野 忠夫
前川 保彦
松崎 幸範
三上 博久
宮野 博
村上 重美
渡部 悦幸
以上
(五十音順)
液クロ武の巻 Question項目
1章 HPLC の基礎と分離
- 生体試料中の薬物濃度分析法のバリデーションは?
- 「液クロ虎の巻」シリーズを検索しやすい CD-ROM のような形には?
- 理論段数や分離度,分離係数は何のために算出する?
- クロマトグラフィー関係の用語を定義したものは?
- どのような条件下でも t웅を正確に測定できる試料は?
- ゴーストピークの見分け方と,その原因・対処法は?
- UV測定で,ネガティブピークが t웅付近に出る原因と対策は?
- 超高速 HPLC分析を行う際の問題点とその解決方法は?
- ベースラインが安定しない場合のよい方法は?
- 分析事例がない物質のカラム選択と移動相の設定を行うには?
- 分離能を改善するには?
- グラジエント条件での HPLC分析で,気泡が発生する原因と対策は?
- 有機溶媒添加後の溶離液の pH 調整は値が正確で再現的か?
- 逆相系シリカベースのカラムではエンドキャップはどんな割合で導入?
- ポリマー系カラムの利点と欠点は?
- 分子インプリント法とは?
- 内面イオン交換カラムとは?
- 同じ ODSなのに,なぜ分離能や溶出順序が変わる?
- 広い表面積のカラムを選択するとなぜよいか?
- HPLC用のキャピラリーカラムにフューズドシリカが使われている訳は?
- ミックスモード充塡剤はなぜ HPLCに使われていないのか?
- 超高圧型システムの原理およびメリット,デメリットは?
- 流速グラジエント法とは?
- イオン抑制法とイオンペア法の違いと使い分けは?
- 両性化合物に使うイオン対試薬は?
- o,m,p-位置異性体分離に最適なカラムは?
- 逆相 HPLCで THFを溶離液に加えると分離が改善するのは?
- 極性が極端に高いサンプルから低いものまでを一斉分析するコツは?
- 逆相固定相の分析で,移動相による固定相の濡れは必要か?
- 逆相分離用有機溶媒-水系移動相では,有機溶媒の固定相への溶媒和の程度は?
- 逆相 HPLCで中性の移動相では,塩基性化合物がテーリングする理由は?
- キラル分離で,不斉中心から官能基がどれほど離れると不斉認識しなくなるか?
- シクロデキストリン充塡剤のキラル分離メカニズムは?
- キラル化合物測定による「光学純度」の算出では,ピーク面積値からの計算は?
- 分離係数はどのくらいあれば良好にキラル分離が可能?
- 充塡カラムを用いた超臨界流体クロマトグラフィーに利用できる検出器は?
- SFCと HPLCで,分離効率の違いはどの程度?
2章 検出・解析
- 送液がうまくできない理由と対処法は?
- インジェクターバルブ/オートサンプラーは μL以下の正確な注入をどう実現?
- ハイスループット化をはかる方法は?
- 装置が多過ぎて,電圧が不安定な場合は?
- HPLCのマイクロチップ化の状況は?
- マイクロ化/チップ化した HPLCの利点/欠点,技術的課題は?
- 装置内部が汚れたときの適切な洗浄方法は?
- グラジエント法で,移動相が設定プログラムより遅れて混ざり合う原因は?
- 高温・高圧水を移動相とする HPLCに,用意するシステムは?
- 充塡剤粒子系 2μm以下で高速分離をする HPLCシステムの注意点は?
- ポンプからの液漏れの原因と対処法は?
- 配管チューブの使い分けと,チューブ内径選択の重要性は?
- キャピラリーカラムを確実に接続できるフィッティングは?
- パルスドアンペロメトリー検出器の原理は?
- パルスドアンぺロメトリー検出器で何が測れるか?
- 反応試薬を移動相に添加するポストカラム誘導体化法とは?
- 蛍光検出器のセル温調の効果とは?
- UV-VIS検出器のセル温調の効果とは?
- 間接検出法の実例は?
- HPLCで純度を求める際に,波長によって純度が異なるときはどうするか?
3章 試料の前処理
- 移動相の溶媒を保管する際の注意点は?
- HPLC用溶媒と LC/MS用溶媒の基本的な違いは?
- 超純水製造装置を使うより,HPLC用水を購入する方が割安では?
- 分取クロマトグラフィーのランニングコストを安くする方法は?
- 移動相に使う引火性の有機溶媒の取扱い上の注意点は?
- 有害性のある有機溶媒を使う際の規制は?
- 使用済みのカラムの廃棄方法は?
- 固相抽出カートリッジカラムの使用期限は?
- 固相抽出用器材には分析種の非特異的吸着がないか?
- 試料注入前に,フィルターで힇過することの是非は?
- フィルターで除タンパクすると,未知ピークが出るのはなぜ?
- キャピラリー用モノリスカラムで多量試料の導入ができるか?
- 生体試料のピークがブロードになったり,テーリングするのはなぜ?
- ペプチド類をトラップカラムに吸着させるときの最適な移動相は?
- タンパク質の消化物を高速分析する方法は?
- アミノ酸分析や有機酸分析に使える誘導体化試薬とは?
- アミノ酸分析でのプレカラム誘導体化法とポストカラム誘導体化法の使い分けは?
4章 LC/MS
- LC/MSとは?
- LC部の汚れで LC/MSの感度が低下,どうするか?
- LC/MS (/MS)で高いスペクトル感度が得られる分析計は?
- LC/MS/MSで問題になるクロストークとは?
- 高流速で LC/MS (/MS)を使う場合の注意点は?
- LC/MSの移動相として使われる酢酸やギ酸の特徴は?
- LC/MSのチューニングとは?
- LC/MSのキャリブレーションとは?
- LC/MSではなぜ分析時間の経過とともに感度が低下する?
- LC/NMR で 웋웍Cや 2次元の測定ができるか?
- LC/NMR で通常の HPLC溶媒は使えるか?
- LC/NMR は LC/MSに比べてどんなよいところがあるか?
- LC/MSでイオンペア試薬を使うと極端に感度が落ちる原因は?
- 逆相カラムで保持しない成分を LC/MSで測定する方法は?
- LC/MSの種類,長所と欠点,それぞれの利用方法とは?
- マイクロスプリッターを使った LC/MS分析の注意点は?
- Nano-LC/MSでよいデータをとるための注意点は?
資料編
- 関東化学株式会社
- ジーエルサイエンス株式会社
- 株式会社島津製作所
- 東京化成工業株式会社
- 日本分光株式会社
- 日本ミリポア株式会社
- 株式会社日立ハイテクノロジーズ
- メルク株式会社
- 横河アナリティカルシステムズ株式会社